Diary 2006. 11
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11月1日 (水)  スパムに効くか?

閲覧者も書き込みも無いbbsだが、スパムは堪忍してほしいので、ipでアクセス制限を行っていたが、ちょっとエエものを見つけたのでそれを設置してみた。
見かけも少し変わったようだが、どこが変わったのかは管理人でさえはっきりと解らない。

#それくらい寂しいbbsなのだ!

明朝、さみしい状態が維持されていることを切に祈るばかりである。

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11月2日 (木)  まことに恥知らずの面々には

困ったものである。
大手(業界のリーダーのハズ)がやれば中小もやる。
まさに業界ぐるみの詐欺そのものである。
赤信号みんなで渡れば…というか、渡らんヤツは圧力をかけて潰すくらいのことはやっていたのかも知れない。

同様に、高校の必修科目の未履修に関する問題であるが、文部科学省がどのような案をだして、野党がどう反対して、50時間補習すればオッケーになったのかワカランが、まともにやった者への救済は無いのか?と言いたい。
例の耐震偽装による被害者救済にしても良く似たものである。

これが法律であると(それなら現実的にどないしたらエエねん)言われると、どうしようも無いのだが、恫喝や開き直りがまかり通り過ぎる世の中は、あるいみ北朝鮮より非民主的な社会なのかも知れない。
もちろんこの理屈も「これが法律である」と同じようなレベルのもんなんやけどね・・・

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11月3日 (金)  文化の日

今日は弥生文化博物館へ秋季特別展「弥生人躍動す!」の関連イベントとして企画された金関恕館長と水野正好(財団法人 大阪府文化財センター理事長)の講演と対談を聴きに行ってきた。
特別展「弥生人躍動す!」の内容はhttp://www.kanku-city.or.jp/yayoi/special_10.htmlの通り、弥生時代を代表する巨大遺跡の吉野ヶ里と池上曽根を比較することで、九州と近畿のくらしを垣間見ようと言うもののようである。

で、講演会や対談は、水野先生が主役で金関先生が上手くリードされ、邪馬台国の話から吉野ヶ里の北郭にある建設省が復元した建物や池上曽根の大形建築物への「いちゃもん」?にいたるまで、独自の水野節?を堪能することが出来ました。
最後に間違っているかも知れませんが水野説の骨子?を覚えている範囲で書いときます。

水野説
1.卑弥呼は邪馬台国に居てた。
2.卑弥呼は倭国王である。(邪馬台国の王ではない)
3.邪馬台国は奈良(三輪山麓)にあった。====>纒向遺跡の事か?
4.卑弥呼は出雲系の人物であった?
5.卑弥呼の墓は纒向形前方後円墳。
6・倭国大いに乱れるとは必ずしも戦争で倭国すべてが乱れたのではなく、王権が乱れたのだ。
7.(女王を)共立するというのは、何らかの理由で直系の人物が王位を継ぐことができない時に、大臣たちが協議して傍系から王位継承者を選ぶことである。

水野先生曰く、あと数年で退職したら?「(オノレの説を)書きまくる」と仰ってました。
そのときは是非買って、読みたいと思います。

ちょっとオマケの話。
博物館の学芸員さんが戦後の米軍キャンプ跡から中身の入ったリステリン(口腔洗浄剤?)を発見し、目的が何かはわかりませんが、米国本社と何らかのやり取りをした結果、日本に一つしかない復刻版のリステリンをゲットしたらしいです。
で、近々、展示したいなぁ・・・とも仰ってました。(きっと冗談ですわ。爆)

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11月4日 (土)  日米野球

辞退者が続出したせいか、●西村(0勝1敗)、小倉、三井、福盛、久保、馬原などと言う投手リレーをみると泣けてくる。
この中でこの舞台に出てくるだけの実力がありそうなのは馬原だけではないだろうか。西武の三井と言う投手はどれほどの投手か知りませんが、小倉や福森ってノムさんには悪いけど楽天の投手でっせ。おまけに先発が西村でセットアッパーが久保やなんて・・・
笑うてるしか無い状況やね、これは。

しかし、そんな二線級の投手とは言え、ハワードという選手のパワーはすごいと思うが、この人、ボックスから片足完全にはみ出てると思うんやけど・・・
ルールでは少しでもラインに掛かってたらオッケーなんでしょうか?
だいぶ前に中日におったなんちゃらと言う外人さんが打席に入ったときはそうでも無いのやけど、ちょっとづつ移動するクセがあるようで、あるときボックスからはみ出て打ったのを注意されていたような記憶があるのだが・・・
まぁ、公式戦でもないのやから細かいことはこの際なしなのだろう。

大阪のゲームでは球児が登板するらしいが、あんまりムリせんと、ここはモンキーに任せておくほうが吉だと思う。今日もモンキーはタイムリーを放ったよ〜ん!

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11月5日 (日)  連休最後の

今日は岸本先生の企画論?を聴いてきた。
心合寺山古墳に関する岸本先生の講演で、初めて”前方後円墳体制”(と言っても良いと考えている)に触れてから、上田先生や宮川、石部先生の企画論に関する本を少し読んだりしたが、幾ばくかの下地の上に立って、岸本先生の企画論を始めて聴くことが出来た。
詳細?はいずれ内容を整理してから、それらしきところにネタとして使う事になると思うので、ひとまず骨子というか要点だけ・・・

全くの個人的な独断と偏見であるが、
1.基本尺度は漢尺(約23cm)であり、設計単位には歩(6尺=1.38m)が用いられている
2.ただし市野山(から?)は南朝尺(25cm)が使われている。
3.大きな意味での築造企画は二系統。
と言うものだろうと思う。

しかし、問題は「くびれの位置」をどうやって決定したのか明確にされていない点である。
おそらく、この点については上田先生も宮川先生のグループも明確な説明は無かったと思うのだが、確認しておきたいと思う。

これって、墳丘長何がし、後円部径何がし・・・と数値を拾っていきながらCADか何かで平面図を作図してみると、必ず引っかかるところである。
既存の測量図(ようするに古墳の形状ですわな)を再現することを元に考えているとどってことは無いのやけど、新たなものを造ろうとすれば”適当”と言うわけには行かないだろう。
なと言っても”前方後円墳体制”なんやから。

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11月7日 (火)  カニさんかぁ・・・

ズワイガニ、別名マツバガニともエチゼンガニとも言う奴の初せりが行われたそうな。
なんと一匹7万円?ってな値が付いたらしい。
7万円でカニを一匹喰うくらいなら、ブリトロ刺身とブリカマ塩焼きで一杯やってる方がオレ的には幸せかな。
ギンナンの煎ったやつがあればなおさらエエなぁ。
それに綺麗なオネーチャンが居ったら言うことなしやわ!

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11月8日 (水)  急に冷え込みました。

今朝の最低気温は8°・・・昨日の半分くらいやったらしいです。連休と悪天候で5日ほどチャリに乗る機会がなかったので、久しぶり?のチャリ通勤となったが、15分ほど走ると耳が痛くなってきた。
寒さに激弱の当方としては万歳してしまいそうです。

話は変わって、竜巻って怖いですなぁ・・・
台風などに比べると影響を与える範囲は非常に小さいですが、その分パワーが集中される?ので破壊力が大きいのでしょうか?
恐ろしい限りであります。

九州では普賢岳が不気味なガスを噴出させているようです。もう十年以上前になりますが、大災害の数年後に訪れたことがありますが、爪痕はかなりのものでした。
竜巻も怖いけど、噴火も怖いですなぁ。

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11月10日 (金)  おフランスさん

も核を運ぶ実験?のようです。
彼奴らは十二分に核実験をやりつくして、コンピューターのシュミレーションだけで、データを集めることができるので、運ぶ道具だけを実験すれば事足りるのでしょう。
確かに、核の拡散は宜しくないし、北朝鮮の核実験は困ったものですが、果たして今時、本当に核ミサイルを事故以外の理由で発射されるようなことがあるのでしょうか。
可能性として絶対無いとは言い切れないのも事実ですが、「無い」に近い確率のような気もするのですが・・・。一体どういう理由で「核を持ってはいけない」と言っているのか知りませんが、管理能力の点から「ダメ」というなら個人的には理解できるのですが、オノレ等はやるだけやっといてから、他人にはアカンと言う理屈なら、やっぱり納得できませんね。
世の中というのがそういうもんやとしても。です。

やっぱり、性格(思考)歪んでるんやろなぁ

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11月11日 (土)  佐紀古墳群の

五社神古墳と陵山古墳の築造順序が入れ替わるようである。

五社神古墳の渡堤を持つ周濠の形状が行燈山や渋谷向山に似ているというのが佐紀古墳群において五社神古墳が最初に築造されたとする理由だったらしいが、現在の周濠は築造当時のものではないことや、造出し部から出土した笊(ザル)形土器から日葉酢媛命陵の方が先行する可能性が高いと宮内庁の方か仰っていた。

周濠に関しては文久山陵図などの絵図と発掘調査の結果によるもので、出土物(笊形土器)に関しては、同様の土器を出土した古墳の築造年から推測されているようである。

下記画像は、最初の画像が文久に山陵を整備する前の絵図で、次が整備後の絵図である。共に薄青で塗りつぶした部分が周濠であるが、現在の状態に近いのはもちろん整備後のものである。

はっきりしたものが見たい時は宮内庁の書陵部紀要第56号と現在の五社神古墳の測量図を見たら解ると思う。

そうそう、今日のネタは近つ飛鳥博物館で行われた講演会からのものです。

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11月12日 (日)  木を見て森を見ない

築造企画がどうとか、円筒埴輪のハケメがどうとか、アッチの古墳とこっちの古墳が・・・などと細かい部分に目を取られ過ぎると、本来の目的?からどんどん遠のいていってしまうような気がする。
そもそも、本来の目的など存在したのかどうかすらも怪しいもんなのだが・・・

今日はふとそんな事を感じてしまった。

事の起こりは「系譜」と「墓域」と「河内政権」である。
なんの事やらさっぱりわからんと思うが、書いてる本人も良くわかっていない。
とりあえず、和田晴吾先生の論文を読んでみることにした。


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