Diary 2010. 7
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7月1日 (木)  肩痛

ここ10日ばかり肩痛が続いている。何年か前から定期的に痛くなり、数日から10日ほどで気づかない間に直ると言うサイクルを繰り返しているが、今回はちょっとムリをしたこともあり痛みの度合いがいつもよりひどい。
昨日くらいから少しづつ背中へも手を回せるようになってきたが、まだ腰の少し上あたりまで回すのが精一杯の状態である。

いつも病院にでも行こかなぁ・・・と思っている矢先に痛みを感じなくなるので、そのまま放置の状態が続いているが、一度どないなってるのかレントゲンでも撮ってもらう方が良いのかも知れない。

以前にもどこかで書いた事があるかも知れないが、母親によると幼稚園に行く頃までは良く肩が抜けたらしい。なんとなくどこかに接骨院みたいなところに居た記憶が残っているような気がする。もう遥か数十年も前の事なのにね・・・。


7月4日 (日)  宇佐山古墳群現地説明会

先日朱塗りの髑髏が出土した宇佐山古墳群の現地説明会に行ってきた。
日頃の行いが良いのであれほど降った昨日の雨も今日は上がり、時折晴れ間も見える天候となった。その分、クソ暑い一日ではあったが少し早めに出発して膳所本町?にある茶臼山古墳、小茶臼山古墳も見学したが、何時もの事でウロウロしてる間に時間が過ぎて昼メシを食いそびれる事になった。笑

で、現地説明会は滋賀県と言う事もあるか参加者のわりにスタッフの方の人数が多く。イロイロ質問することも出来たし非常に楽しい現地説明会であった。纒向や桜井茶臼山の時とはドエライ違いである。

当然といえば当然か・・・

で、当方が気になっていたのは頭蓋骨が朱に染まっていると言う事はどこぞでモガリなどを行ったのかと言う点にあったのだが、配布資料にはこれからの「検討課題」とあったが、スタッフの方の話によると無くなった状態で埋葬したときに額の上に朱を積んでおくと、肉の腐敗と共に朱が頭蓋骨に沁み込んで行くことによるものである可能性が高いような事を仰ってました。他の可能性として、石棺内部に塗布された朱が石棺内部が浸水したとき水面に浮き上がり、その水が引くときに頭蓋骨に朱が移った可能性もあるとの事。

まぁ、いろんな可能性があるもんですなぁ・・・。
勉強になります。

で、築造時期は副葬品として出土した鏃や類似する高島の打下(うちおろし)古墳の年代観から5世紀前半と推測されるらしいです。被葬者像は地域首長に仕える技能集団の長という見解のようです。

資料も頂いたのでほかにもイロイロとネタはあるのですが、このへんにしときます。
それと、今回の現地説明会は朱塗りの頭蓋骨が出土したと言う事で、通常なら一連の発掘作業が終了してから実施される現地説明会を特別に発掘作業続行中に開催されたとの事でした。すべての発掘作業が終了したら改めて現地説明会があるとの事だったのでタイミングが合えばまた行きたいと思います。ちゅうことで、今回は出土した頭蓋骨が展示されていました。写真撮影可能だったので撮りましたが、マクロレンズで撮るとなんとなくグロいです。(なんかピントも恐怖で合ってないような・・・)


下の画像は発掘現場付近から見た琵琶湖を近所にある4世紀後半に築造されたとされる皇子山古墳(前方後方墳)です。

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7月7日 (水)  可能性はあるが、蓋然性はない

ふと、蓋然性の反対語は何やろ?と思ってGoogle先生にお尋ねしたところ、提示された幾つかのリンクの中に夏目漱石の言葉として紹介されていた言葉の一部である。全文は『私がこの教壇の上で逆立ちをする可能性はあるが、蓋然性はない』と言うものである。

読んだ瞬間ハッと思った。こう言う使い方をするんですな。流石大先生である。難しい?ことをいとも簡単に説明している。古墳とか訳のワカランものに興味を持ってイロイロと書籍を読み出すと、タダでさえ読書などしなかった当方にとって、難しい言葉が次々出て来る。辞書で調べながら読むことも珍しくない。もうずいぶん前の事であるが、「蓋然性」なる言葉もその一つであった。

話を元に戻して、何について「ハッ」と思ったかと言うと、当方の職場では入社以来、ことあるごとに「変化」とか「改革」とか「手順」とか「コンプライアンス」とか訳のワカラン御託を並べて「体質」が変わらないだろうかとお呪いをかけるのが社長の主な責務となっている。そんなお呪いについてパートのおばちゃんやおっちゃんと、体質が変わる可能性は「可能性があるか無いかと言う点において」は「有る」やろうけど、「実際に変わる可能性」は「無に等しい」なぁ・・・などとウダを巻いたりすることがあった。

先ほどの漱石大先生のお言葉はまさにコレである。最近、ウダを巻くことも無くなった(絶望感からか?)が、もし巻く事があったらこの言葉で決めてみたいと思う。我社のボケナス管理職共は誰も理解できんやろな。爆

「得意先の要望に従い改善活動を継続すれば企業体質が変わる可能性は大いに有るが、その蓋然性は全くと言って良いほどないだろう」

で、蓋然性の反対語って何?・・・爆


7月10日 (土)  棚田に挑戦!

今日は棚田が見られると言う飛鳥の稲渕へ行ってきた。時期的に今が良いのか、時間帯は何時頃が良いのかなど何も解らなかったが、何事も経験というところである。んな訳で老人らしく早朝に出発し、現地に着いたのが午前5時少し前くらい。第一印象はなんとなくイメージしていたのとは違ったがカメラを持ってブラブラと二時間半あまり棚田をブラついた。

ヘボなりに納得のいく棚田の写真は撮れなかったが350枚くらい撮影した中からマクロで数枚程度、面白いのが撮れた。流石、オリンパスの神レンズといわれる50mmマクロだけの事はあるのか?それとも「マクロ」と言う「非日常」の為せる感覚的なものなのか。ただ、マクロもピントが難しい、今日も畦に残っていた一束の稲に中に体長3〜4cmくらいのカマキリの子供を見つけた。早朝の事もあり殆ど動く事は無かったが、被写体が小さすぎるのと撮影姿勢が不安定なので10枚程度撮影したが結果的に上手くピントが合ったものが無かった。これは非常に残念。

日の出前は19度くらいだった気温もから日の出から2時間くらい経過した7時頃にはかなり暑くなってきたので、撮影を切り上げ、る神社が保有する人物画像鏡が有名な橋本市にあ隅田八幡に立ち寄り、散髪を済ませて帰宅した。で、この隅田八幡であるが、名前のように応神天皇やそのご両親が主祭神のようだが、一言主神社や諏訪神社、八坂神社、厳島神社など節操無く?合祀しているようでした。

価格.comでオリンパスのE3のシャッター押下回数がわかると言う書き込みを見つけたので、E410でも解るかと思い試してみたら紹介されていた手法で確認することができた。右端の画像の一番上の数字がその回数らしい。購入して3年ほどになるので、あまり利用してないなぁ・・・と言うところである。まぁ、最近は気合が入りつつあるのでドンドン撮影したいと思う。

梅雨が明けたら早朝の棚田にもう一度チャレンジしようかな?田んぼはやっぱりオモシロイです。

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7月11日 (日)  選挙行ってきました。

納税と一緒で国民の義務と言うか権利やからねぇ。
真っ当に活きてる人間がバカを見ない世の中にして欲しいです。

# 何を真っ当と定義するかが問題ですけど・・・

投票済み券?コレクションが3枚になりました。笑

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7月12日 (月)  梅雨明けは・・・

今日も朝から雨が降った。午後からは晴れ間がでてひょっとしたら梅雨明けか?と思わせたが、ニュースの天気予報では今夜から明日にかけて局地的大雨が・・・などと言うてた。

個人的には今年は結構晴れ間が多いなぁ・・・と感じている。それほど暑さも感じない。

大雨の被害が出ているところもあるので、不謹慎かも知れないが、個人的には「梅雨らしくない梅雨やなぁ」と感じている。

何か「雨」を感じさせる写真を撮りたいなぁ・・・

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7月14日 (水)  来ましたなぁ

いよいよ梅雨が明けそうです。
それも土曜日からちゅうんやから完璧ですな。

さてさて、出来るだけ金を使わずに楽しめる遊びを見つけんとあきません。

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7月15日 (木)  カウントダウン

昨晩は大変涼しかった。お蔭さんで熟睡できたと言いたいところだが、相変わらずの肩通と滅多に無い無い蚊の襲来に起されてしまった。

朝食を済ませ、デスクに戻りモニタの上にある湿度計を見たら70%を突破していた。ほぼ毎日湿度計は気にしてるのだが、70%を越えていた記憶は無いのでパチリと一枚。

湿気があった割りには快適やったなぁ・・・と改めて思った次第。で、日記を書いている現在の湿度は60%強。朝より10%も低いのだが、体感湿度は今のほうが高い。時刻は21:08です。

21:00前の天気予報では明後日からは梅雨明けっぽい感じで晴れマークが並んでいる。しかし、西日本各地では局地的な豪雨で被害が続出している。秋吉台では秋芳洞から濁流が噴出したらしい。

自宅から数キロしか離れていない、職場でも退社すこし前に強烈な雨が降ったが、自宅近辺は一滴も降らなかったようである。

世の中、何もかも大変です・・・。

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7月17日 (土)  ちと大きいがエエなぁ。

家人の用事で市内へ出かけたついでにオリンパスのショールームを訪ねてみた。E3もE30もE620も魅力的なレンズ達も展示されていた。E30やE3は620に比べるとやはり一回り大きく、E30はマグネシウム合金ボディーのため重さもズシリと手ごたえがあった。やっぱりE3ええですねぇ・・・当方がE410を購入するきっかとなった小さい、軽い、には反することになるが、持った感じ、ファインダーを覗いた感じ、E620がおもちゃに見えてしまった。

ついでに自然フォトの展覧会をやってたのでそっちも覗いたのだが、素晴らしい作品だらけで圧倒された。朝日新聞社主催?のネイチャーフォトコンテストなのでオリンパスの機材で撮影したものばかりでは無いと思うが、撮影機材に関する情報が明示されていなかったのは、展示会とはそういうモノなのか、会場がオリンパスのショールームからなのか・・・。後者だとしたら協賛か後援か忘れたが、それをしてる意味が無いかと・・・。

で、話をカメラに戻すと説明員の方にE3の後継機は出ないのかと訊ねたところ、「正式なアナウンスは無い」「でもE3が出て3年ですからねぇ・・・」「E3も前機種発売から3年してから発売になりましたからねぇ・・・」と意味深な発言これは来年の早い時期に出そうな予感。年末年始のスキーを回避して50-200のズームと一緒にゲットか?そうそう、50-200のズームに関しては「在庫限りですがお買い得ですよ」とSWDで無いものを結構プッシュされてました。総額230〜250k円くらいは準備しとかんとアカンやろなぁ・・・ってムリやわ。笑

ショールームを出てから梅雨明けと言う事で、ふと海を見たくなって天保山まで行ってみた。大観覧車と入道雲と言うシチュエーションを描いていたのだが入道雲が思っていたほど発達していなかったのと、発生している場所が悪かった。とりあえずシャッターは切りましたが、ISO感度も確認するのを忘れてるし・・・。

それと自衛艦、といってもおおすみと言う輸送船らしいですが、停泊してました。明日も朝9:00から艦内見学できるようです。自衛官の方と少し会話したのですが、おおすみの母港は呉で、自衛官の募集など広報活動の一環として大阪港に寄港されているとの事。流石自衛官、広報活動中と言う事もあるのかも知れませんが、すごく丁寧な話し振りに感動しました。これからも国や世界平和のために胸を張って任務に取り組んで欲しいです。日本の誇りですな。

それに引き換え、国民をバカにしたような横柄な口ぶりなのが警察官。今日も二言三言、言葉を交わしましたが20台半ばから30位のクソガキが偉そうにしてました。こんなクソどもも税金で喰わしてるのかと思うと情けなくなります。ヤツらには国民などどこにも存在しないのでしょうね。自らの組織ためだけに働いているのでしょう。まさに日本の埃ですわ。

当然、立派な警察官の方もお見えになると思いますが、あまりお会いしたことはありませんね。ほとんどの場合、口の聞き方が横柄な事、この上なし。無茶苦茶程度の低い職場に存在する無茶苦茶程度の低い作業員を見てるようでガッカリです。所詮その辺を征服でうろついてるのはそのレベルなんかもね。笑

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7月18日 (日)  遺跡巡り

梅雨明け直後のクソ暑い時に恒例の土饅頭巡りに行ってきた。健脚を誇るベテランシニアの皆様に混じって10kmほどの行程であった。案内いただいたのはM館長。オーラス直前の慈恩寺跡近辺と思われる玉列(たまさき)神社では奉納演芸場の舞台の前でバテ気味の会員を前に気合十分な説明をして下さった。この説明も案内してくださる先生の性格が出て面白い。今日のM館長は会報に記載されている事も含めて懇切丁寧に説明して下さるが、T先生は自身も仰ってるように「書いてあることは言わない?」主義。まぁ、参加者にとっては先生の特徴を掴んで、事前に資料を読んでおく事が大事なんでしょうね。

ちゅことで、今回の例会は近鉄大阪線、大和朝倉駅を出発し、同じ駅に戻ってくるパターン。外鎌(トガマ)山の北面から西面の尾根筋に築かれた古墳と粟原(おおばら)川を挟んで外鎌山の対面にある音羽山の北斜面の尾根筋に築かれた古墳を巡り、最後は初瀬川を渡り幻の寺?慈恩寺(前述の玉列神社付近)後と縄文後期から古墳時代にかけての遺物が発見された朝倉遺跡を巡るコースであった。

個人的に面白かったのは忍坂(おっさか)遺跡。弥生時代から古墳時代に掛けての遺跡が確認されており、特に5世紀後半から6世紀に掛けての遺跡から鉄滓や鞴羽口が出土したこと。時期的には少し遡るが桜井茶臼山やメスリ山とも関係があるかも知れない。

画像は左から大和朝倉駅から見た奈良盆地。耳成山とその向こうに二上山が見える。移築された忍阪8,9号墳付近から見た外鎌山。強いコントラストが夏っぽい?最後は一時は崇峻陵に比定されていたこともある赤坂天王山古墳。中には立派な家形石棺がありました。

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