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大官大寺(だいかんだいじ)

1.所在

天香久山の南側、北緯34度29分20秒,東経135度49分1秒 あたりにあったようです。(リンク先は国土交通省の「うぉっちず」1/25,000ですが解り易いと思うのでリンクしておきます。) 藤原京内では十条大路と東三坊大路が交差する辺にあたり、ほとんど都の端っこの方にあたります。

2.創建

現地案内板には、創立や変遷にかんしては定かでないと記載されていましたが、奈良文化財研究所の 創立50周年記念展の図録には、舒明天皇が天皇家の最初の寺として蘇我氏の飛鳥寺に対抗して造営された百済大寺(くだらのおおてら)が変遷したものだとと 記載されていたので、案内板が作成された時点では発掘調査などが進んでいなかったのだろうと推測できる。

その百済大寺があったのが北緯34度30分17秒,東経135度50分0秒の あたりで、吉備池廃寺として先の図録にも紹介されており、直線距離にすると2Km程度離れているようだ。
リンク先の地図で橋本と表記されている直ぐ北にある池のあたりた思う。

3.遺構

現在は田畑になっており、数個の礎石が散在する程度で、塔の位置した辺りに石碑と案内板が有るだけであるが、案内板によると 回廊規模は東西144m、南北195mの大きさになり、後の東大寺の創建当初の回廊規模とほぼ同じ大きさであるとの事です。
2004年5月に師匠に案内していただいたときの画像と、案内板にあった伽藍配置を置いておきます。


左の画像の背景にある山が天香久山です。右の画像の中央部の畑のあたりが金堂跡になるのかも知れません。

最終更新日:2005/11/39