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山田寺(やまだでら)

1.所在

飛鳥資料館に展示されている東面回廊

飛鳥資料館から阿部山田道を桜井方面へ10分ほど歩いたところにあります。屋根瓦もろとも倒れた状態の建物が 発掘調査で見つかったことで有名です。今年の春(2005年)師匠に案内して頂きました。 右の画像は飛鳥資料館に復元された東面回廊です。


2.創建

大化の改新後の649年に時の右大臣、蘇我一族の倉山田石川麻呂(くらやまだのいしかわまろ)の発願によるもので、 現地(寺跡)の案内板によると641年に着工し2年後には金堂が完成したらしいが、讒言に嵌り当寺跡で石川麻呂が自殺したため、 造営は頓挫したが、彼の疑いが晴れた後、皇室の援助で造営が再開され676年に塔が完成。685年には現在興福寺に仏頭が残る本尊丈六仏の開眼供養が行われたとのことです。

3.遺構

綺麗に整地されていました。この日も親子連れの方が散歩されてまいた。
訪問した時の画像を何点か掲載しておきます。

上左は、在りし日の山田寺の様子。真ん中は中門付近から北向きに撮影したもの、右は東面回廊跡を撮影したものです。

4.余談

飛鳥から桜井方面へ抜ける阿部山田道は磐余(イワレ)と呼ばれる地域の東端を通っています。この地域(イワレ)は神武天皇の和風諡号 にもなっている神日本磐余彦(カムヤマトイワレヒコ)が宮を置いた場所ともされており、ヤマト政権が築いたメスリ山古墳も 近くにあります。別に山田寺とは何の関係も無いのですが大化の改新直後に発願された寺院から程遠くないところに初代天皇の宮があったとされる 地域が存在するとは・・・妄想に耽ってしまいそうです。

最終更新日:2005/11/29